「私の居場所ってどこなんでしょうか」


もう1年以上も前、そう言って泣いたなまえの顔を、今でもはっきりと覚えている。


















屋敷のぬかるんだ庭に倒れているなまえを見付けて保護した2年前からそれまで、あいつが弱音を吐いたり、泣いたりしたのは、あの1度だけだった。
それは、単にあいつが強いというわけではなく、何かを必死に抑えているように見えた。



突然、右も左も分からない、知らない土地に飛ばされ、そこで生きていくことを余儀なくされ、蝶屋敷で働き始めた後も、周りから好奇や悪意のある目に晒されてきた。
辛くなかったはずがない。きっと、それを話せるだけの間柄の人間がいなかったこともあるだろう。

あいつの心の中の器は、すでに中身が溢れ出ていたのだ。














「何かあったのか、って、聞くだけ野暮か」

声も出さず、ただ静かに涙を流すだけのなまえに、かけられる言葉は少なかった。
何度も長い沈黙が続く中、少しずつ、ポツリポツリとなまえは口を開いた。



「ここにいるべき存在じゃないって言う人もいれば、早く元の世界に戻って会いたい人に会えるといいねって、慰めてくれる人もいます」

「もちろん、私はこの世界の人間じゃないし、だからと言って元の世界が私のいるべき場所で、戻りたいか、と聞かれると・・・正直分かりません」

「大事な人がいたんです。でももういない。戻れたとしても、もう会えない。そんな場所に戻りたいのか。ずっとふわふわ宙に浮いているみたいな感覚なんです」










そうか、こいつはずっともがいていたのだ。
自分の世界で感じた絶望の中、見知らぬ土地に来て、整理がつかない状態で、宙に浮いたような感覚の中、地に足を付けようともがいていたのだ。
そう思った瞬間、隣にいるこの小さな少女が、とてつもなく愛おしい存在に感じた。
そして思わずなまえを自分の方へ引き寄せた。


「て、天元さん?」


なまえが慌てて腕から抜け出そうとしたが、俺はそれを許さなかった。


「なまえ」

名前を呼ぶと、ぴくりと肩を震わせた。


「焦るな」
「・・・」
「居場所なんて、焦って見付けるもんでもねぇだろ」


なまえは黙っていた。ただ俺の隊服の裾を握る手に力がこもっていた。


「大丈夫だ。必ず見付かる。で、見付けたらお前がそこで一生幸せでいられるよう、全力を尽くしてやる」


それが、この世界であろうと、元の世界であろうと。
なまえが、ばっと伏せていた顔を上げた。その目には今にも溢れ落ちそうなほどの涙が溜まっていた。
頭を撫でてやると、溜まっていた涙が一気に溢れた。


「安心しろ。見付からなかったら、俺がお前の居場所になってやるよ」

そのとき、初めてなまえが声をあげて泣いた。
泣き止むまで頭や背中を撫でてやると、顔を赤くてして、ありがとうございます、と呟いた。


「ま、見付かったとしても、何も1つじゃないといけねぇわけでもないからな。いつでも俺んとこ来いよ」

なんなら嫁になるか?と冗談めかして聞くと、考えておきます、と笑った。























「天元さん!」

なまえが幸せであることを、ただただ望む。
そのためなら何だってしてやるさ。



今日もそう思いながら、笑って駆け寄ってきたなまえの頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。